第11話 子煩悩な兵隊

私は津浦線の列車を利用する事が多かった。
   列車には軍人専用車輌が連結されていたが、近距離の鈍行列車には半輌しか無く、日本兵が一般席に乗ることもあった。
   そんな時、同席した中国人は恐ろしがって身を固くしていたものだ。
ある時、向かい側に日本兵、左側に中国人親子と乗り合わせた。三十歳ぐらいの父親と男の子であった。
   髭面の日本兵は、雑嚢から乾パンを取り出し、混ざっている金平糖を拾い出し始めた。
   軍用乾パンにはコンペイトウが混ぜてあり、その甘味で乾パンを食べるのだった。

   十粒ほど拾い出すと、にこにこしながら向かいの幼児に差出し「進上進上」と言った。
   ビックリした父親は笑顔になって「謝謝」と受け取り、子供に「兵隊さんから飴貰ったよ」と渡した。
   口に入れた子供がにっこりすると、兵隊は「通訳さん、何歳か聞いてくれんかのう。」と言う。
   服装で私を通訳と思ったらしい。
「四才」と伝えると、
「俺の子と同じだ。出征する時は一才だったが、もうこれくらい大きくなっているんだなあ」と涙ぐむ。
「抱かせてもらえんかのう」
   願い叶って子供を抱いて満足そうな顔をしていた。
   父親に兵隊の言葉を伝えると、「早く帰れると良いですね」と言った。
   この地区の部隊は南方へ転進して行き、多くの輸送船が沈んだ。
   あの兵隊が我が子に会えた可能性は少ない。

 

 

日中戦争の中の青春  目次へ