結婚したら、まわりにびっくりされて

 

30 才過ぎて結婚し、35 歳で娘を初出産。 目黒の保護司さんたちは「あの娘が結婚して子育てするなんて考えられなかった」とびっくりして噂し合ったそうです。 バス時代の見習いさんたちも「びっくりした。 オネエサンが結婚するなんて考えられない。」というのです。
そこまで変人に見えたのかなあ ・・・? 何しろ、男に頼ろうなんて気持ちが全く無い娘でしたからね。 「君を頼りに私は生きる ・・・」という歌が大いっ嫌いでした。 ぞっとするほど嫌いだったのです。
長女は、私に輪をかけて自立心旺盛な子で、24 歳のとき自分の貯金だけ持ってスペインに渡って早 17 年。 今ではあちらで 3 歳の坊やを育てながら、社長秘書をしています。 孫は二重国籍で、目下二つの言語を特訓中です。 一昨年親子三人で来日しましたが、次に来る日が楽しみです。 今年か来年の夏 ・・・
43 歳で生んだ息子も世帯を持ち(孫娘が二人)。 私たち夫婦だけになって、それでも 68 歳まで私は清掃請負の仕事をしました。
七十歳の時、雑誌で通信制中学を発見しました。 一橋中学です。 私はすぐ入学し、スクーリングを一日も休まず、皆勤賞を頂いて卒業しました。 七十代の中学生生活の楽しかったことといったら、本当に幸せでした。 今でも連立方程式が好きです。 来月、母校の卒業式に参列した後、同年代の数人でクラス会をします。
埼玉に引っ越したので高校進学は出来ませんでしたが、移住したこの町で昔語りの語り手になって楽しんでいます。 忙しい忙しいと、今までで一番幸せな時を過ごしている私です。 年金は少なくて暮らし向きはなかなか厳しいのだけれど、まあでも、終わりよければ総て良しと致しましょう。
長々お読みいただいて有難うございました。


~ 完 ~ 

 

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